*****君はすごい天然色*****
あるレコード会社の女の子と地下鉄に乗っていた。女の子といっても、今年三十路入り。電車に揺られながら彼女は言った。
「大川さん!! そういえば最近、駅員って若い人が多いと思いません?」
言っておくが、この女は天然系である。大昔だったら天然系の人間は【ピントがはずれた使えないヤツ】と言われていたと思う。ひと昔前に【ピントがはずれた変わったヤツ】となり、いつしか【ピントがはずれたおもしろいヤツ】に変化していき、次第に愛されるようになった。
いつから天然ボケというジャンルが確立されたのだろうか。今や、天然系は、天然ボケを恥じることなく堂々と生きられるようになった。
私はその女に言った。
「あのね、若い駅員が増えたんじゃなく、うちらの年齢があがっただけなんじゃないか?」
すると、女はもうすぐ三十路になることを思い出したのか、
「あーーー、そおゆうことかあ。全然気がつきませんでしたあー」
と言った。キャッキャッとうれしそうに。
おいおいそのぐらい気がつけよ。と私は心の中で言った。
そのあと二人で三軒茶屋の飲み屋で鍋をつついたのだが、そこで私は彼女とあることで言い合いになった。
それは、髪の量である。
自慢ではないが、私の髪の量はハンパではない。昔は自慢ではなかったが今ではそれを自慢にしているほどだ。美容院で髪を切ってもらうとき、必ず美容師さんに「私の髪、多いですよね」と言うと、みんな口をそろえて「はい。確かに多いです」と言う。少しは遠慮しろよと思う。「そんなことないですよー」とか言えよと思う。でも今まで誰も言ってくれなかった。
むしろ「今までのお客さんの中でも、1・2を争いますね」とか「なかなかここまではいませんね」とか言う人までいた。いつだって私は髪の量に関してはWinnerだった。We are the Champion。
だが、鍋を一緒につついている天然ボケの彼女も髪が多いと言った。
「大川さんよりわたしの方が、絶対に多いですよー」
でも、私は髪の量に関してはなかなか譲れない。コンプレックスのはずなのに30何年間もつきあっていると多すぎる髪の量も愛しいものだ。どうせなら一生Winnerであり続けていたい。やすやすと王者の座は渡せない。
「そんなことない。私のほうが、多いって」
今までに美容師に言われた数々のセリフや武勇伝を聞かせたが、彼女は意外と頑固で納得しなかった。私もどちらかというと負けず嫌いなので、本来なら「私の方が多い」と押し切るのだが、ここで自分でも信じられないことがおきた。さっきまでかたくなに自分魂を貫いていた私だったが、彼女のあるひとことで変わった。王者の座を譲ったのだ。いや、譲るというよりも、心の底から王者が彼女であると認めたのだ。彼女の告白は強烈だった。
「絶対わたしのほうが大川さんより多いです。それに大川さんはいいじゃないですか! ちゃんと普通に髪が伸びるんだから。わたしなんて・・・・髪が横に伸びるんですよ!!」
意味がわからなかった。
髪が横に伸びる?? カニの足??
「だから!! 下に伸びないで、肩と平行に横に伸びていくんですよ!!!」
性格も天然だが、髪の毛も天然だったのだ。
普段は髪の毛をしばっているのでわからなかったが、どうやら放っておくと、横に横に伸びていくということなのだ。それが宿命というものなのか。おお、砂の器よ。
これを聞いて、私なんてまだまだだ。と実感した。
これを聞いて、やはり天然系には勝てない。と実感した。
彼女こそ、真のチャンピオンだ!!
天然系。
ふと考えてみた。うそラジオスタッフで誰かいただろうかと。ディレクターニワちゃんは天然系ではない。理解不能の脳回路を持つ単なる変わった男である。マネージャーくままろものんきではあるがいつも冷静でそんなに天然の匂いはしない。
強いて言うならば、インターネット部長のクボさんかオールナイト時代のかつてのディレクターで、うそラジオの名誉スタッフである流し雛・近藤さんだ。
どうやらクボさんは酒が入ると天然に近づいていく。飲み会の時、くままろが私の耳元で囁いたことがあった。
「クボさんね、もう酔っ払ってるよ。クボさんね、酔っ払うとねすぐにわかるの。目の焦点があわなくなってくるから。ほら、見て。合ってないでしょう」
そう促されてクボさんを見てみると、寄り目だった。
近藤さんもなかなかペースがつかめない人である。
「大川に言うことがあったんだ。あのさあ・・・・」
と言ったきりしばらく間があったりする。七秒ぐらい無音。
「・・・? なんですか??」
と聞くと、それからまた四秒ぐらい間があってから、
「うん、このまえさー、おいしいごはん屋見つけてさー」
と普通に話し始めたりする。さっきの間はなに?? とひとりで私は悩むことになるが、近藤さんのことがだいぶわかってきたので今ではその「間」を見越して、焦らずに会話を楽しむよう努力している。
つまりこおゆうことだ。
天然系の人がまわりにいればいるほど、自分は大人の階段を登っているのだと。
人に譲る、人を観察する、人を待つ。
天然系の人間は、私たちにさまざまなことを教えてくれているのだ。
そおゆう意味でいうと、近藤さんも酔っ払ったクボさんも髪が横に伸びる女も偉大なのだ。