*****サイクリング・ブギ*****
インターネットラジオではない番組の収録があり、珍しくいつもとは違うスタジオでユーミンと会った。
違う場所で会うっていうのは新鮮でいい。刺激的。
ユーミンは私の顔を見るなり言った。
「あらあらオオカワさん、もおーーーっ、いろいろ仕事してますねえーーー」
私は思わずこう答えた。
「いやいやなにをおっしゃいますかーーー、ほんとに、ねえっ」
・・・・おばさんの会話だ。
会話というより挨拶か。無意識のうちによる第一声がこれってどうなのか? ありなのか? ないのか? ありなのか? お互いに。
『あらあら』とか『いやいや』っていう繰り返す感嘆語がスーパーの買い物カゴ系なのだろうか。左手のひじんとこにカゴをひっかけて、右手で『あらあら』『いやいや』『ケタケタ』『いやですよおー、もお!!』。
誰に見られているかわからない。今度からはハイタッチぐらいして陽気な挨拶をかわしてみよう。
時間より少し早くスタジオにやってきたユーミン。スタッフである私は先に来てスタンバイをしていたのだが、ユーミンがスタジオに来たことを知らせてくれたのはある男性スタッフ。
「ユーミンさん、入られました。・・・・たぶん。・・・っていうか、一人で来たんですけど、あれユーミンさんですよね??」
首をかしげている。おかしいなあ、というふうに。ありえないーー、というふうに。
こんなとき、あらためて業界の常識というものを思い出すとともに、思いっきり常識ずれしているユーミンとそのキララ社ファミリーにうっとりする。
桃井かおりさんが来たときにも書いたが、ミュージシャンあるいはタレントさん・役者さんが、仕事現場にひとりで来るというのは100人中1人か2人もしくはそれ以下である。マネージャーはもちろんのこと付き人がついてるなんてザラだったり。
ユーミンの場合、迎えの車・送りの車がないこと自体がかなりのフリースタイル。松任谷的自由演技。だから移動はだいたいタクシーになるのでマネージャーくままろとは現場で待ち合わせとなる。たいていくままろはその現場に入る前に、エントランスでユーミンを捕獲するべく網を張っているのだが、ときどきその網にかからないことがあるようだ。
それが運悪く今回の現場となってしまった。
しかも今回のスタッフは、私以外ユーミン初対面という人がほとんどなので、ユーミンがひとりで「あっ、どうもー。松任谷でーす」といって頭を下げてスタジオに入ってきたら対応に困るのだ。
え? ユーミン? あ??ユーミンさん?? え? ひとり? なんで? えー? うそ、ちょっと、うわあー、えー、待ってくださいよーーー!!!というように。
「ひとりで来たから他の人マジで驚いてますよ」
そうユーミンに告げると、「いつも驚かれるんですけどねー、ひとりで行動できちゃうんですよー」と、お手間をとらせましてすみませんねふうにスタッフに言い訳をしていた。捕獲作戦が失敗したくままろは、その3分後肩で息をしながら登場。
「す、すみませんっ」とあやまるくままろに、「こっちこそごめんねー」とあやまるユーミン。いいぞ!!女子校の仲がいい先輩後輩みたいで実にフレッシュだ。ユーまろコンビの奇妙な関係。
で、その日のくわしい収録内容などに関しては、またいつか書くことにして、ここからは今週のオンエアーの裏話。アルバムのジャケット写真の撮影スタジオからの放送。スタジオは渋谷近辺。渋谷といえば渋谷生まれ渋谷育ちのこの男・ニワちゃんだ。
「ねえニワさん、このスタジオまでどうやってきたの?」
「え?自転車に決まってんじゃん」
やっぱりである。ニワちゃんの自転車自慢が始まったところで、インターネット部長クボさんも首をつっこむ。
「えー?ニワちゃん自転車で来たのおーーー? ぐふふふふーーー。あたしもなのぉーーーー」
ふたりともサイクリングと勘違いしているようだ。ニワちゃんの家とけっこう近いクボさんだが、どうやら道を間違えてかなり大回りしてきたらしい。非常にくやしがっている。唇をかんでいる。机を叩いている。そんなにくやしいのか? ニワちゃんと地図を眺め最短距離を話し合うふたり。おまえら、なにしに来たんだ??
今回のスタジオは広さ50畳ぐらい。3分の2ほどが白く塗られた床で左右の壁と正面の壁も真っ白。 通称「白ホリ」。そこにセットが組まれたり、バックに布を垂らしたりして撮影する。大きな傘みたいなライトやでかい箱型のライトがユーミンを照らす。
私は二十歳の頃、このテのスタジオで働いていたことがある。内容はカメラマンのアシスタントをする仕事だ。言われたとおりにライトを組むとかフィルムのチェンジをしたり雑用全般を担当。
最初の三ヶ月はライトづくりのテストに受からなくて泣いたなあ、半分寝ながら徹夜で床を白く塗ったなあ、同期の子がロッカーから他の人の給料盗んで問題になったなあ、新人の子が初めてソープに行ったら相手が40過ぎで驚いたけど身をまかせた話・そのお姉さんからもらったという【指名してねカード】の源氏名のところに名取裕子って書いてあって腹を抱えて笑いころげたなあ、などひとりで『かつての自分』に酔いしれていた。
ひまなときはスタジオから有線に電話して「アップビート」と「ボガンボス」と「ユニコーン」のリクエストを曲が終わるたびにしてお姉さんに露骨に嫌がられていた。スタジオと私と有線と。愛するあなたのためー。
そんな有線は今もなお、スタジオにはなくてはならないもののようだった。今回、まずスタジオに入ったとき流れていたのは80年代洋楽チャンネル。
何気にディスコなノリで、くままろ仕事が手につかず。関節が完璧に踊っている。
「うわあ、これ懐かしい。うわあ、いいかんじ」
ユーミンがヘアメイクにいそしんでいる間、スタジオの隅でにやけながら地味に踊るくままろ。くままろも『かつての自分』と対面しているのだ。
だが、やがて曲が♪モスクワ モスクワ〜♪になり、ニワちゃんの「なんかこのノリ、ちょっと違うんじゃない??」のひとことで勝手にチャンネルチェンジ。「次は70年代にしようよー」「もっと渋いのにしようぜ」っておまえら、なにしに来たんだ?? 歌声ダンスホールなのかここは??
そんなことをしているうちに、メイクが完成したユーミンが登場。
髪には色とりどりの羽根が舞いジーンズもラッパッパ。ここは70年代のサンフランシスコかい?的なユーミンが仁王立ちしていた。
目がまつげ。まつげが目。顔の半分が目まつげ。
まばたきをするたびに聞こえてきそうなバサバサッという音。新発売の虫取り装置みたいだ。
「本当にさー、昔さー、このぐらいのまつげ・・・・・つけてたんだよおーーー!!」
コブシを握って力説するユーミンも、きっと『かつての自分』を思い出していたに違いない。
クボさんはたぶん、自転車での帰り道。かな?