***** るすラジオ *****
『高橋克実 はじめました』
このるすラジオを思いついたのは、マネージャーのくままろこと小熊さんだった。
「ねえオオカワさん。ユーミンがロシアに行く間、うそラジオを高橋克実さんにお願いしてみるっていうのはどうかなぁ?」
そう言われたとき、とっさに私の頭の中に浮かんだ映像は、トリビアのあの高橋克実さんの姿ではなく、なぜか、あの奥目の、あの筋肉質の、あの横笑いが似合うサラリーマン金太郎の高橋克典さんだった。
『高橋克典 はじめました?』
高橋克・・・と言われると、先に浮かんでしまうのはこちらの高橋克なのである。実か彦かの違いで大きな差である。両方に失礼な話だ。
しかし、ここで、もう一人の高橋克・・・わらじ顔のあの方を思い出す人がいたら、それはちょっとマニアックというものだ。その名も、
『高橋克彦 はじめました・・・・・・。』
これでは、殺人事件が始まってしまう。いかんいかん。しかし、そんな番組も聴いてみたい。
話を戻して・・・・、当日スタジオにやってきた高橋克実さんのいでたちは、Tシャツにキャップにスポーツバッグらしきものを肩から提げたラフなもの。今からラジオの収録をする・・・というよりも、日曜日のウォーキングイベントに参加する寝起きのおっさんといった感じだった。
俺様は芸能人だぞオーラで我々スタッフを威嚇することもない。「と、とても緊張しています・・・」と言って頭を下げるその姿にスタッフの胸は早速きゅんきゅんした。
高橋さんっていいなあ・・・と思う瞬間は何度もやってきた。
たとえば、打ち合わせが始まってのこと。ガサガサと自分のカバンから筆箱というか筆入れを取り出したこととか。さすが役者!! これが普通のタレントだったりすると、まずペンは持っていない。持っていたとしても、わざわざ自分のペンなど出さず机に出ているペンを使ったりする。しかもその筆入れは使い込んである。汚い。よれよれだ。ペンもどっさり入っている。中学生みたいだ。高橋克典は絶対にこんなの持っていないぞ!(多分) 芝居の稽古中ということもあったかもしれないが、よれよれの筆入れを持ち歩いている高橋さんに役者の匂いをぷんぷん感じてうっとりした。
たとえば、1枚のA4の紙。そこにはよくわからない走り書きのようなメモがとにかくたくさん書き込まれていた。高橋さんは、それをじっと見つめてうなっている。
「ユーミンについて何を話そうかいろいろ思い出して書いたんですよ・・・うーん、いっぱいありすぎて・・・どれを話そうかなぁ・・・」
・・・どれと言われても、汚くて読めない。それはFBIの暗号メモ?それともKGB?とにかくみんな釘付けだった。
たとえば、メール。本番で読んでもらうメールに目を通してもらおうと渡したところ、いきなり声を出して真剣に読み出し、マネージャーさんが思わず止めた。
「今、あんまり読まないほうがいいわよ! あなたはそのほうがいいから!!」
その言葉を聞いて、ぶっつけ本番のほうがOKのタイプとわかり、私は高橋さんの手からメールを取り上げた。
「じゃ、あとは本番で!!」
打ち合わせも終わり、本番スタートは5分後に迫ったとき高橋さんは言った。
「じゃあ・・・トイレに行っておきます。・・・・・あの・・・さっきのメール、借りていこうかなあ・・・・」
意味がわからず、???どうしてフェイス???をしている私につぶやく高橋さん。
「さっきのメール・・・・・覚えてこようかと思って」
メールを覚える? 暗記? なんのために? メールは台本? これは芝居なのか? 今日は初日なのか?
この仕事に携わって初めての経験だった。メールの内容を暗記しようとしたパーソナリティーを目の当たりにしたのは。
「いやぁ、落ち着くんですよー。そのほうがーーー」
と言う役者高橋克実に、スタッフの誰もが胸きゅんきゅんきゅんきゅんきゅんきゅんきゅんきゅんしてしまったのだった。
しかし、あのとき・・・・もし私が「わかりました!!トイレに行ってこのメール暗記してきてください!」と言ったとしたらどうなっていただろう。
きっと高橋さんは、あのぐらいの量の文章は軽く覚えてきて、本番では、さもメールを読んでいるように喋り始めていたかもしれない。
それはそれでおもしろかったなあ・・・・と、いまごろになって思ったので、いつか高橋さんにメール暗記コーナーをやってもらおうと思うのであった。もちろんユーミンの前で。