**** ライド・オン ****
ユーミンと電車で横浜に行くのは2度目のことだった。皆に口々に聞かれた。
「なんで電車なの??」・・・と。
私はもう麻痺しているようだった。
「剣さんの本牧でのライヴさあー、電車で行こうね。駅で待ち合わせようよ」
とユーミンから言われたとき、その提案はほぼ予測していたものだったので、あたりまえのように「そうしましょう」と答えた。だからあらためて誰かに「なぜユーミンが電車に?」と聞かれても「さあ? ・・・ノリ?」としか答えようがなかった。
答えは多分正解だ。ユーミンは【ノリ】という波を見逃さない。もしくは【波】のようなノリ。その証拠に待ち合わせの時間にやってきたユーミンの足取りは弾んでいた。
「いやぁ〜 暑いね!でもいいね!」
都会のパイロットみたいなイカシタつなぎを着込み、顔面からは汗をダラダラと流しての到着。
「その汗は・・歩いてきたんですね??・・・家から」
「そお。さすがに暑いよ」
炎天下の中、30分はかかったであろうが、その程度の距離はたいしたことがないようだ。それに当の本人はすでに波をのりかえていた。駅までを歩く波から電車に乗る波へと。
「よし!行こう!」
たぶん、ユーミンにとっての電車ライドオンは私たちのそれとは違うのだろう。私たちにとっては単なる日常の一部のこと。ユーミンにとっては非日常。その頭の中にあふれ出しているのはご主人様を快楽へと誘うドーパミン。
車内の雰囲気や窓の向こうの流れる街を楽しむと、やがてユーミンの中でその物質ドーパミンは違うものにカタチを変えた。
それは鼻歌。ユーミンは窓の向こうを眺めながら鼻歌をうたっていたのだ。微かに聞えてきた歌声。なんとも気持ちよさそうなそのメロディー。ここは銭湯か?と一瞬目を疑った。
耳を澄ましてみたが何を歌っているのかわからなかった。英語で歌っていることだけはわかったが、「なに歌ってるんですか?」と聞いてしまったら何かが終わってしまうような気がして、私はじっと・・・こっそりとそれを聞いていた。
ユーミンは今この瞬間、とても幸せなんだ。と私は思った。